科学技術の発達とともに、わが国医療界においても格段の進歩が見られるようになりました。 しかし、スポーツの普及によるスポーツ外傷、産業の多様化による労災事故、なお、老齢人口の増加に伴い、ちょっとした外傷による転倒「あやまち」や、また、交通事故多発の現状をみましても、傷害者は日、一日と激増し、患者の増加は各病院、接骨院において増加の一途をたどっています。 私は、かねてから、柔道整復師との関係も深く、医学の発達に順応した近代的な柔道整復師の養成を念願しておりましたが、昭和47年4月、厚生労働省及び石川県の認可を得て北信越柔整専門学校を開校し、昭和55年4月より学校法人木島学園として許可を得て、近代的な独立校舎を完成しました。 本校に学ぶことにより、一般人としての柔道整復術の知識技能を修得することは勿論、接骨院を開業したり、病院における医療助手となり、あるいは、警察・学校などスポーツ関係者が医療的素養を身につけるために寄与すること大なるものがあると確信いたしております。
臨床実習は付属の木島病院及び木島医院で行われ、更に卒業後も研究生又は実習生として、一層高度な技術を体得する道も開けております。 幸いにして、金沢大学医学部(現医学類)をはじめ金沢医科大学、富山医科薬科大学(現富山大学医学部)等より派遣された優れた教授陣を持ち、学生は勉学に、実習に、また柔道練習に充実した毎日を送っています。将来、この道を志望される方は、かねてから教育環境の優れた学問の府、金沢市において完備した設備を持ち日本海側唯一の学校である本校に学ばれることを切望いたします。
平成15年4月 創立者 木嶋光仁
校章の由来
本校の校章は創立者木嶋光仁博士が旧制四高柔道部の無声堂(愛知県犬山市の明治村に現存)の畳で故奥田敬和運輸大臣らの同級生と額に汗して稽古に励んだことに由来します。旧制四高※の校章は「北辰星章」といい校名にちなみ四稜星です。 北辰は北極星を意味します。 北天の星々は、北極星を中心に周回しているように見えます。四高の校章は 北都金沢に輝く「英知と人徳の拠点」たることを示します。本校の校章は北都金沢の「英知と仁徳」の拠点であることを願い、中心に柔の文字を配して制定されました。
※旧制第四高等学校:1886年の帝国大学令により、全国を5区に分割しそれぞれに高等中学校を設置することが定められたが、このうち新潟・富山・石川・福井の北陸4県からなる「第4区」では、東京の旧制一高、京都の三高に次いで第四高等中学校が設立され、第四高等学校に連なっている。以後、終戦後の学制改革による廃校(現金沢大学)まで政財界に多くの人材を輩出したエリート校である。
四高本館であった建物は、その後理学部、裁判所、郷土資料館などを経て、現在は石川四高記念文化交流館として使用されている